封雨瀟個展「囁き」
Mi., 29. Juli
|Moon Gallery & Studio


時間和地點
29. Juli 2026, 13:00 GMT+9 – 02. Aug. 2026, 19:00 GMT+9
Moon Gallery & Studio, 台東区北上野2-3-13 上野ダイカンプラザ102
關於本活動
都市の樹木は、森とは異なるかたちで隣り合っている。人の手で配置され、互いに距離を保ちながら、同じ風と光にさらされる。風に押され、光を求めて伸びる枝葉は、ときに触れ合うほど近づく。それでも一本の樹木が、別の樹木へ溶け込むことはない。
この接近は、親密さへの意志に基づくものではない。風と光という外力が、互いに代替されない木々を一時的に交差させる。枝葉を抜けた光が地面へ落ちると、木漏れ日は一つの樹冠に属さない像を結ぶ。それは複数の木々が同じ場所に居合わせた痕跡であり、「あいだ」で生まれ、揺らぎ、ほどけていく。
本展に並ぶ樹木は、描写の対象であると同時に、関わりの生成を観察する場として現れる。ジャン=リュック・ナンシーの共在の思想は、共に在ることを融合や同一性へ回収しない。作品に描かれた木々も、一つのまとまりへ閉じるより、複数のまま隣り合う。その姿は、共同体という完結した形に閉じない共同性を示唆している。
日本画の素材は、この問いに物質的な輪郭を与える。岩絵具の粒子は画面の光を均質化せず、見る位置や明るさによって色と光沢を変化させる。その堆積が枝葉の密度を生み、描かれずに残る余白は、風や光が通過する「間」となる。視線は粒子の層と余白を往還し、画面に触れながら、同時に光によって位置を測り返される。触れるものは、触れられるものでもある。メルロ=ポンティの「肉」と「キアスム」が示す可逆性は、木々の交錯を、像と見る者のあいだへ押し広げる。
共に在ることは、どこから共同体と呼ばれるのだろうか。親密さへの意志をもたず、触れ合いながら融合しないものを、また共同性として捉えられるだろうか。木々の「あいだ」に立ち現れる木漏れ日が、その問いを開いたまま画面にとどめている。
作家紹介
封雨瀟
1996年 中国出身
2023年3月 多摩美術大学美術研究日本画専攻 修了
2026年6月 「日本の自然を描く」佳作賞 入賞
2026年7月 「囁き」日本画個展(月画廊・東京)
都市に生きる樹は、人為的な秩序のもと、森とは異なる関係を結ぶ。風に揺さぶられ、光へ伸びる枝葉は限りなく近づくが、重なり合わない。その接近は親密さへの意志ではなく、外力が生む受動的な交錯である。木々の「あいだ」に落ちる木漏れ日は、その関係の痕跡となる。本展はメルロ=ポンティの「キアスム」を手がかりに、隔たりを保ったまま共に在る「非親密な共同性」を、現代社会の関係像として描く。
作品鑑賞



